「しらかみな人」とつながるインタビュー 昌子の いつか白神でフォークダンスを。

第32回目 尾崎 大さん 尾崎酒造株式会社 蔵元杜氏・代表取締役社長

「白神の水とともに歴史を受け継ぐ」


──尾崎酒造の歴史を受け継ぐ


お酒を醸して160年。尾崎酒造は青森県鯵ヶ沢町にある造り酒屋。 「尾崎家はここ鯵ヶ沢町で300年以上続く家系で、先祖は若狭国(現在の福井県)から北前船で移住してきたそうです。」お話ししてくださるのは尾崎家14代目にあたる代表取締役社長・尾崎大さん(以下尾崎さん)です。 「もともとは海産物の仲買業を営んでいた尾崎家ですが、今から160年程前に海産物の貯蔵に使用していた倉庫で日本酒を造り始め、現在に至ります。」 尾崎酒造が醸すお酒は、町内はもちろん、青森県内の酒屋や飲食店、宿泊施設、お土産屋などで取り扱われています。数は多くないそうですが台湾や香港などの海外にも輸出しているとか。


尾崎さんは高校卒業後、東京農業大学短期大学醸造学科へ進学し、醸造の基礎を学びました。 卒業後は「吟醸酒」の普及に貢献した山形県・出羽桜酒造で2年間を過ごし、醸造の他、出荷するまでに必要な実務もこの時に初めて経験。大学の授業と出羽桜酒造での経験から酒造りの面白さに改めて気づき、実家を継ぐべく地元鯵ヶ沢町に帰省しました。入社10年が経った現在は杜氏兼会社代表というポストに就き、蔵人と共に酒造りに励む傍ら、営業から配達まで社内業務全般にあたります。


──丁寧な手仕事から生み出される“白神の酒”


日本酒が造られる数々の工程の中で、尾崎さんが一番大変と感じる工程は仕込んだ酒の温度管理とのこと。 洗米や麴造りの後、大きなタンクに酒母と麹、蒸米、水を加えて発酵させて日本酒の原型「醪(もろみ)」を仕込みます。この醪を搾ることで原酒が完成しますが、搾るまでの約20日~28日の期間中に酵母をどれだけ活発化させるかでアルコール分の強弱が決まります。

尾崎酒造では成分分析値を基に温度管理して、醪の発酵を調整し、目標とする味に近付けるためにお米の糖化とアルコール発酵の微妙なバランスを見極めているそう。 日中は勿論の如く、夜も順調に発酵しているかタンクの様子を見るときもあるそうで、いかに日本酒がデリケートなものか思い知らされます。

しかし、完成をイメージして仕上げても、いざ搾ってみない事には実際の味は分からないのが日本酒造りの難しいところ。「だから醪を搾るときは緊張しますね。」 酒造りは科学の実験に似ていますね。と、つい野暮な例えを口にしても「そうですね。科学に終わりが来ないように酒造りにも終わりは無いと思います。」と合わせてくれる尾崎さん。 さらに「満足はしても完成はしない。そこを含めてこの仕事に魅力を感じますね。」と話す姿はさながら研究者のようです。


──代表銘柄「安東水軍」と白神山地


かつて十三湊を拠点とした交易で栄え、津軽広域を治めていた豪族の名を冠する「安東水軍」は尾崎さんが生まれた年に名付けられたお酒です。中でも最初に発売した赤いラベルの特別純米酒は、尾崎さんにとって兄弟のような存在だとか。

尾崎酒造の銘柄のうち一番シリーズが多く、漁師町で好まれそうなスッキリとした後味の辛口タイプです。 尾崎さんにシリーズのオススメを聞くと「やはり赤いラベルの特別純米酒。食事はもちろん、ゆっくりと酒を楽しみたいときにも合わせやすいですよ。」とのこと。


白神山地から流れ出す伏流水の水質は超軟水。柔らかい飲み口と甘みが特徴です。 「そこが自分の造る酒にも深く反映されていると思います。この水でなければうちの酒にはなりません。」尾崎さん曰く、日本酒成分の8割は水と言われるだけあり、使う水によって酒の飲み口や味わいが変わるそう。 尾崎酒造では、醸造工程に必要な水はもちろん、タンクなどの洗浄の際に使う水まで全て蔵の裏の丘から湧き出る水を使っています。

尾崎さんのお父様がこの水源を辿ったところまさしく白神山地にあったそうで、正真正銘「白神の水」で造られている日本酒と言えるでしょう。 「酒造りをしてみて、水が美味しい土地ということが酒蔵としてどれだけ恵まれていることか実感しています。」学生時代に東京で口にした水道水を思い出しながら、そう呟く姿が印象的です。


鯵ヶ沢町を故郷に持つ尾崎さんは白神山地にどんなイメージを持っていますか、と尋ねると、少し考えて「お寺さんのような存在ですかね。」と一言。続けて「白神山地は厳かで神聖なイメージでちょっと近寄りがたい。だけど実はすぐそこにあり、私たちの生活とも密接なんですよね。そんな存在を「お寺さん」に例えてみました。」うーん、その例えがあったとは。一本取られました!


──ずっと白神の水を使った酒造りを続けられたらいいなと思う


今後の展望として、「様々なお酒に挑戦してゆきたいと思っています。例えば、色々な酒造好適米を使ったお酒や本数を絞った限定商品など、様々な方向性を持った日本酒です。」と尾崎社長。また、機械の導入も課題としているそうで、今後はこれまで培ってきた手仕事と現代の技術を融合させた酒造りに期待が持てます。


「鯵ヶ沢町は自然環境がとてもいい。晴れ渡った日の穏やかな日本海や夕暮れ時に町全体がオレンジ色に染まる何気ない日常の中にある光景は絶景に感じます。今後もここを離れようとは考えません。」と、故郷の自然を気に入っている尾崎さん。代々大切にされてきたこの酒蔵を今後も守っていく決意が伝わりました。


白神山地を訪れた際の楽しみの一つに、銘酒との出会いを織り交ぜるのはいかがでしょうか。



(取材・文・編集/白神山地ビジターセンター 山本昌子  撮影/小田桐啓太)