「しらかみな人」とつながるインタビュー 昌子の いつか白神でフォークダンスを。

第3回目 吉川 隆さん 熊の湯温泉オーナー/赤石川を守る会

「白神山地を問う」


吉川隆さんは、東北各地のマタギの中で最も古く、室町時代から現在まで六百年の歴史を持つ大然(おおじかり)マタギ吉川家二十一代当主であり、赤石渓流沿いの温泉旅館「熊の湯温泉」のオーナーである。また、白神山地の世界遺産登録をめぐるストーリーの中心にいた人物でもある。そんな白神山地を深く知る吉川さんがどんな人物なのか知りたくて、取材を申し込んだ。「ただの山おやじの私にですか」と皮肉を言いながらも快い返事を頂けた。そうはいっても「白神の生き字引」といきなり顔と顔を突合せて話すのは緊張するので、山を歩きながら質問をすることにした。吉川さんが案内してくれた場所は旅館のすぐそば、赤石川の対岸にそびえる「然ヶ岳」だ。


草むらをかき分けて山の中に入るとコケやシダなどの濃いグリーンに包まれて、湿った空気を感じる。小さな沢のすぐ脇の道を登っていく。下草の背が高く、道なんて無いように思えるところを吉川さんはすいすいと進んでいく。次第に路面の斜度は増し、足が少しずつ重くなってくる。しかし前を歩く吉川さんの足取りはちっとも変わらない。それどころか山を登っているのにまるで雲の上を歩いているかのように見える。70歳を超えているとは思えない身軽さだ。


カツラやミズナラなどが伸び伸びと生える山腹を進むうちに樹種の多くがブナへと変わり、景色は次第に明るくなっていく。視線の先には2本の大きなブナがどっしりと構えている。


「あれが阿吽のブナ。あそこまで行くよ。」


阿吽のブナは遠くからでも際立って見えるほどの幹回りで、5mほど離れて2本が並んでいる。その力強い立ち姿から吉川さんが名付けたそうだ。より太いほうの木「阿形のブナ」の根本に近づき山頂側に回り込むと、姿をガラッと変えて見せた。幹は何本にも分かれ、その中心部はぽっかりと開いている。


「登りながら見上げていた時は一本立ちの姿に見えたのに、こんな姿だったとは驚きました。」


「合体しているように見えるでしょ。でも根本見ればちゃんと一本なんだ。」


ところどころ幹が割れていたりコブが出来ていたりするところから、このブナが過ごしてきた遠い月日を感じる。根元に腰かけて涼しい風を感じながら休憩をしていると、「クマは森を守る担う役割をしている」という話をしてくれた。クマは植物の実を食べるが、あまり消化されずに排泄される。山の中を歩き回りながらあちこちで排泄するクマの糞から植物が育つ。すると酸素は増えて良い空気となり、そこにはきれいな水が流れる。


「そういう事をやっているクマをただ怖いって言うのはダメ。クマが何たるかを知ればわかるでしょ。」 かつてクマは獲物の対象であったろうが、獲る側だからこそクマやその他全ての動植物を敬う心や命を大切にする想いはとことん深い。


休憩を終えて少し離れてあたりを観察するとクマの糞があった。その近くの木の幹を見るとクマの爪痕もあった。


「すごいなぁ。いいもの発見したな!雨降って融けているから三日くらい前か。」

「登った爪痕あるぞ。ほら、こっちさ。まだ皮新しいべ。ぼんぼん登って行ってあそこで休んだみたいだな」

「ここに足かけて、これは降りた時だな。いい木だなって思って降りてきたんだべな。」


爪痕から生き生きとしたクマの挙動を想像する吉川さんの楽しそうな顔が印象的だった。クマの役割の話を聞いてすぐにクマの「落とし物」を見たことでその存在がくっきりと浮かんできたが、「近くにクマがいるかもしれない」といった恐怖感はもう感じなかった。

心地良い汗をかきながらあっという間に山を下りて、旅館に戻ったころにはとっくに緊張の糸もほぐれていた。道々で白神の事だけではなく、宇宙の話や歴史の話など色々なことを教えていただいた。その話の中にはこの森を守り後世に繋げていくために必要なキーワードが散りばめられているような気がして、少しも耳を離せない。  


白神山地の豊かな生態系と山そのものを愛する吉川さんに敬意をこめて「しらかみな人」と呼びたい。


Q故郷が大好きな気持ちが伝わってきます。それでは、故郷の山である白神山地とは板谷さんにとってどんな場所ですか?

白神山地は宝の山。食べ物は豊かだしいい景色もいっぱいあるし。だからおら達はいろいろなものを追いかけて山に入った。十二湖だって、観光客の人は青池だけを見て帰っていく人が多いけど、他にも見どころはたくさんあるんだよ。山の歩き方はまだまだいっぱいあるんだ。


Q.クマと戦ったことはありますか?

A.ある。4引き分け2敗。私が病院送りにされたのが2回でクマが負けた事は1度も無い。4回の引き分けはお互いのファイトを称えて。勝つってことはお互いに無いな。


Q.クマはどうして人間を襲うのでしょう?

A.クマは人間を襲うために生まれてきた訳じゃないでしょ。オスは縄張りを守るために戦うし、メスは自分の子孫を守るため。戦っている時のクマの目、見たことあるか?必死だよ。


Q.マタギはどんな暮らしをしていましたか?

A.やっちゃならない事、侵してはいけない所、そういった不文律の決まりごとを守りながら山で生活していた。クマも獲るんですけど、絶やさないようにやっていく。山菜だって取りつくさないように。荒らさない、絶やさない、壊さないを守る。山の神を崇拝して、色んな命を大切にしていた。


Q.白神山地の自然を未来に残すためにはどうすれば良いでしょう?

A.形あるものをいつまでも同じ形で残すというのは一番難しいこと。壊して変えて管理するのが一番簡単でしょうね。


Q.では、自然とはなんでしょうか?

A.昔、東京の美大生と岩崎村(現深浦町岩崎地区)の小中学生の交流会を十二湖でやった。私はガイドを頼まれたけど、私一人の話じゃ飽きてしまうからさ。色々と考えてみんなに絵を描かせることにした。あなた達にとっての自然というものをイメージして描いてください、と言ったら星とか太陽とか花とか、何も教えなくてもみんな大体似たような絵を描いた。でも、美大生が描いた絵には人がいないの。逆に子供たちが描いた絵にはトンボを捕っているところとか石ころ投げているところとか、そういう風に自然の中で遊んでいるところが描かれている。その子らにとっては人間が入っているのが自然って事だったんだろうな。人間を排除した世界が自然なのか、人間が入っているのが自然なのか、何を目安に自然と言うのかな。



(取材・文・編集/白神山地ビジターセンター 川島昌子  撮影/小田桐啓太)