「しらかみな人」とつながるインタビュー 昌子の いつか白神でフォークダンスを。

第31回目 須藤 正義さん 米農家

「美味しいお米のために」


──「八十八」の手間を掛けて「米」になる


「高校時代は田んぼの手伝いが嫌で嫌で仕方なかった。絶対継ぐものかと思っていたんですよ。」と苦々しく笑う須藤さんが米農家になったのは今から8年前。陸上自衛隊を定年退職したあと、亡きお父様が遺した田んぼを引き継ぎます。それまでも田植えや稲刈りの時期には手伝いをしていましたが、一からの米作りには戸惑うことがたくさんあったそうです。

「コメの作り方って単純ではないんですよ。毎年同じ工程をしても、その年の天候で収量が全然違うんです。自分で田んぼをやってみて分かりました。」須藤さんは近所で同じく米を作る仲間たちと互いに支えあい、土地と気候に適した栽培方法を色々と試しているそうです。

例えば苗作り。育苗箱に種籾を撒くのか、田んぼに直接に撒くのか、どれくらいの量と間隔で種籾を撒くのかなど、丈夫な苗を育てて収量をあげるためには苗作りという一つの工程の中でも考えなくてはならない事がたくさん。工夫次第で良し悪しが分かれる米作りの奥深さを年々感じ、「そこにやりがいと面白さを感じている」


反対に苦労していることは、抜いても抜いても生えてくる雑草との闘い。猛暑が続いた令和5年の夏は雑草の勢いも非常に良く、特に苦労されたそう。「もちろん除草剤も使っていますけど、過剰には使いたくないんですよね。そうなればどうするかという、手で抜くかしかないのです。米農家はとにかく雑草との闘いですよ。」「美味しいお米を作りたい」という気持ちを大切にし、肥料をできるだけ抑えその分手間ひまを掛けて田んぼに向き合います。「食べて『このお米美味しいね』って言ってもらえれば、それが一番の喜びかな」


──白神の水がもたらす恵み


鯵ヶ沢町には大きな川が3本流れています。中村川、鳴沢川、赤石川です。なかでも赤石川は白神山地から流れだし、源流域は世界自然遺産地域は森林生態系保護地域に設定されています。上流域ではブナ林と水量豊かな川が織りなす景観が美しく、日本の滝百選に選ばれた「くろくまの滝」は白神山地の景勝地として有名です。下流域にも自然は広がり、日本海に注いでは漁場を育みます。赤石川に生息する鮎は「金鮎」と言われ、魚体の美しさや味の良さが人気。鮎釣りを楽しみに全国から釣り人がやってきます。


赤石川の水は、米作りにおいても良い影響を与えている、と須藤さんは言います。「最初は水なんてどこでも全部同じだと思っていましたよ。だけどやっぱりいい水で作る米は美味しい。」赤石川流域で作られたお米を求める宿泊施設や飲食店もあるそうで、収量こそ他の市町村よりは多くありませんがその美味しさに定評があるのは間違いありません。

さらに前述のとおり赤石川は水量豊富。春には白神山地から大量の雪解け水が流れ込み、田んぼに利用できます。 米作りに適する条件が揃っている鯵ヶ沢町でこれからも米作りを続けていくため、須藤さんは法人化を目標にしているそう。「今は家族経営だけど、息子や鯵ヶ沢町の若者のためにも法人化して、安心して米作りが続けられる環境を作りたい」


──美味しさと安心を追求して


食の安全や持続可能な農業の推進が叫ばれている現在。農作物や水産物の安全性を示す認証制度GLOBALG.A.P.(グローバルギャップ)に注目が高まっています。GLOBALG.A.P.(グローバルギャップ)とは、ヨーロッパを中心に世界110カ国以上で実践されている世界基準の農業認証であり、農業生産・取り扱いにおける農産物の安全管理手法や労働安全、持続可能な農業を行なうための環境保全型農業実践のためのチェック項目が具体的に定められたものです。

須藤さんは令和2年、鰺ヶ沢町農林水産課から認証取得を勧められたことをきっかけに、生産管理のデータ化に取り掛かりました。その背景にはやはり「美味しいお米を作りたい」という信条があったそう。認証を得るためには農機具の名称、使った量、日にちなど、想像以上に細かなチェック項目を記録して報告する必要があり、「本当に大変だったけど、作業が可視化されているというのは非常にいいものですね。コロナなどのタイミングが重なって今はストップしているけど、また態勢が整ったらやってみたい。消費者が安心を得るための手段として今後ますます必要とされると思います。」


取材の際に須藤さんが作った「はれわたり」という品種の新米をいただきました。自宅で炊いてみると、粒が揃っていて舌触りがとても良く、さっぱりとした甘みに感激しました。須藤さんの笑顔と日焼けした大きな手を思い出しながら一口一口噛みしめ、ほっこり優しい気持ちになりました。



(取材・文・編集/白神山地ビジターセンター 川島昌子  撮影/小田桐啓太)